宇都宮地方裁判所 昭和35年(ね)3号 判決 1960年7月07日
申立人 小口裕一
決 定
(申立人氏名略)
右申立人に対する当庁(一)昭和三三年(わ)第一八一号暴行(訴因変更により同時傷害致死及び暴行)、(二)昭和三四年(わ)第一五九号傷害、(三)昭和三五年(わ)第六五号窃盗各被告事件について、当庁が昭和三五年五月三一日刑の言渡をすると同時に訴訟費用の負担を命じた裁判に対し、申立人から、その執行免除の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件申立は、これを棄却する。
理由
まず、本件申立が適法であるかどうかについて判断する。
一件記録(冒頭掲記の各被告事件記録)によると、申立人は、昭和三五年五月三一日当庁において、
被告人(申立人)を
判示第一の各罪につき懲役二年三月に
判示第二の罪につき懲役三月に
判示第三の罪につき懲役三月に
各処する。
訴訟費用中、証人栗原秀男に対して昭和三三年九月二日支給の分及び同前田隆に対して支給の分はいずれもその全額を、同大岩静夫に対して同年一二月一日支給の分はその三分の一を、同黒須周作に対し支給の分はそのうち金七六円を、同岩下義男に対し支給の分はそのうち金二七六円を、それぞれ被告人(申立人)の負担とする。
との判決言渡を受け、申立人は、右判決のうち、判示第一の各罪(同時傷害致死、暴行罪)について言い渡された懲役二年三月の刑に対して適法な控訴の申立をなし、爾余の判示第二の罪(傷害罪)について言い渡された懲役三月及び判示第三の罪(窃盗罪)について言い渡された懲役三月の各刑に対しては、上訴の申立をしなかつたので、これらの刑だけが昭和三五年六月一五日自然確定したものである。
ところで、右判決主文中の訴訟費用の負担を命ずる裁判は、右三個の刑のうちいずれの刑に附随するものであるかを明示していないので、右訴訟費用の負担を命ずる裁判も確定したのかどうか、仮にその一部に確定した部分があるとして、どの部分が確定したのか、判然しないから、この点について考察する。
一般に、本案の裁判に対し上訴がなされたときは、これに附随する訴訟費用の負担を命ずる裁判についても、当然に上訴の効果が及ぶものと解すべきである。したがつて、可分な本案の一部に対し上訴がなされ、しかも、同時に言い渡された訴訟費用の負担を命ずる裁判が、右本案のうち、いずれの本案に附随するかを明示していない場合に、その訴訟費用の裁判が、内容的にも一体不可分のときは、たとえそれが実質的には上訴しなかつた本案の審理に要した訴訟費用を含んでいても、上訴した本案とともに未確定のまま上級審に移審したものと解するほかないけれども、どの本案に附随する訴訟費用であるかを明示せず、しかもその形式からだけでは、可分とも不可分とも判然しないときは、単に形式上の審査だけをして、いずれとも判明しないという理由で、全体を不可分なものと同様に扱つて、上訴した本案とともに全体を移審したものと解すべきか、あるいは更に進んで内容にまで立ち入つて審査して、当該判決の理由や一件記録によつて、負担を命ぜられた訴訟費用が、上訴しなかつた本案の審理だけに要したものと、上訴移審した本案の審理だけに要したものとに分別できるときは、これを可分のものとして、前者だけを本案とともに確定したものと解すべきか、疑問がないわけではない。
しかしながら、刑事訴訟法第一八五条後段及び同法第三五七条の法意を合わせ考えてみると、元来、訴訟費用というものは、本質的に本案の裁判に附随するものであるから、訴訟費用の負担を命ずる裁判に対しては、本案と独立して上訴する利益を認める必要がないとしたものであり、この理は、本案について一部上訴をすることができる場合でも同様であつて、本案については一部しか上訴していないのに、たまたま訴訟費用の負担を命ずる裁判が、本案のどの部分に附随するかを明示せず、形式上不可分的に解されるという一事をもつて、実質的には上訴せずに確定した本案部分に附随すべきものと解される部分についてまで、上訴した効果を認めることは、結局、訴訟費用の負担を命ずる裁判に対して、本案と独立して上訴できることを認めることになるから、このような解釈は許されず、むしろ、進んで内容的な審査を遂げ、判決理由及び一件記録によつてこれを可分な本案と照応して判然分別できるときは、当該訴訟費用の負担を命ずる裁判中、確定した本案の審理だけに要した訴訟費用はその本案に附随し、その他の訴訟費用とは別個に確定したものと解するのを相当とする(大正一一年四月一五日法曹会決議「刑法第四十八条第二項ニ関スル件」法曹会決議要録下巻三七頁以下参考)。
いま、本件申立についてこれをみると、申立人は、前記判決において、傷害罪により懲役三月、窃盗罪により懲役三月に各処せられ、同時に訴訟費用の負担を命ぜられたが貧困のため納付できないからその執行を免除されたい旨を、右刑の確定後である昭和三五年六月二五日に申し立てているので、前示のような理由から、確定した本案の審理だけに要した訴訟費用を分別できるかどうかを調べてみるのに、一件記録、とりわけ、判決書の証拠理由によると、本件負担を命じた訴訟費用のうち、証人前田隆に支給した分全部が、前記確定した判示第二の罪(傷害罪)の審理だけに要したものであり、その他の訴訟費用は、いずれも前掲判示第一の各罪(同時傷害致死、暴行罪)の審理だけに要したものであることが明らかである。そうすると、本件訴訟費用の裁判は、可分であつて、その裁判中、右証人前田隆に支給した分全額の負担を命じた部分は、これに関する本案である前記傷害罪の刑とともに確定したものであり、本件申立は、右確定した訴訟費用の負担を命ずる裁判の部分について、法定の期間内にその執行免除の申立がなされたものであると解することができ、適法な申立といわなければならない。
そこで更に進んで、本件申立の理由の存否について判断するのに、申立人は、貧困のため納付できないと申し立てているけれども、一件記録によれば、証人前田隆に支給した訴訟費用は、同証人が昭和三五年四月二〇日出頭した日当金二三〇円であり、申立人は、特記すべき資産こそ所有していないが、さりとて、わずか二三〇円の金員を調達できないほど貧困であると認めるに足りる証拠もなく、かえつて、申立人の経歴、生活状態、稼働能力、信用等を総合勘案すると、右の程度の金員の調達納付は極めて容易にできるものと認められる。(なお、判示第三の罪(窃盗罪)に附随する訴訟費用はないから、この点については、とりたてて言及しない。)
よつて本件申立は、その理由がないから、主文のとおり棄却の決定をする。
(裁判官 堀端弘士 福森浩 浦野雄幸)